お留守番

 明日から両親が夫婦揃って温泉旅行。
 私は留守を預かることに。
 ま、それはいいのですが、不安な事が一つ。
 実家にはダルメシアンが一匹いるのですが、うちの両親が犬なのにも関わらず、猫かわいがりしたせいか、もう本当に手のかかる甘えん坊。
 坊なんて言っても12歳ですから、人間の年齢に換算するともうお爺ちゃんと呼ばれたっておかしくないんですけどね。
 でも、甘える、ぐずる、すねる、かまってやらないと悲しげにうなり声をあげる、ともう本当にお前犬か??って何度ツッコミ入れたことやら。
 ま、少なくともうちのダルメシアンは自分が犬であるなんて自覚ないでしょうね。
 間違っても番犬にはなりそうもないですし。
 いつも可愛がってくれる両親がいなくなり、大人しく夜過ごしてくれる…わけないだろうなぁ。
 放っておけば泣き疲れて眠るでしょうと、両親は言っているのですが。
 うちの両親も犬の事、きちんと面倒みるようにとのこと。
 いっそのこと一緒に行ってくればいいのにと思いましたが、そうするにはうちの犬、ちょっチ歳取り過ぎたかな。
 
 この家に犬が飼われるのは、今のダルメシアンで2頭目です。
 以前私が小学生の頃に近所から頂いた雑種を飼っていました。
 名前はジェフ。
 ま、その頃は犬を飼うための知識なんて全くなかったのに、ただ犬が欲しくて飼ってしまいました。
 今思えば随分ひどい飼い方をしていました。
 ご飯も夕飯の残りなんてあげてましたし。
 飼われる犬は飼い主を選べません。
 どんな出来の悪い飼い主であってもそこの家で飼われるしかないんですよね。
 私なんてホント、飼い主失格です。
 もしタイムマシンがあってその頃に戻ったら、あまりに自分勝手な飼い主やっている私をなぐっていることでしょう、グーでね、それも一回や二回ではなく。
 
 でも、ジェフの方は本当に私を飼い主と思っていてくれました。
 私が行くと他の人とは違った反応をみせてくれて。
 本当に私しかいなかったのに。
 
 ある朝冷たくなっているジェフを見た時
 自分の中で何かが壊れていくのを感じました。
 取り返しのつかないこと、どんなに願っても取り戻せないものがあるんだということを初めて知ったときでしょう。
 その後の事は今思い出してもちょっチね…、きつい。
 数日後だったでしょうか、近所の川沿いの道を自転車で走っていた時、反対岸にジェフがいたんです。
 こっちを私をずっと見ていました。
 あまりに自然で、というのもいつも散歩していた道でしたから何度も見慣れた光景だったんです、だから死んだというのすっかり忘れてしまうくらいでした。
 
 すぐにでも反対岸に行きたかったのですが両岸には高い金網が張られています。
 橋まではどっちに行っても遠い。
 今、少しでも目を離したら消えてしまうというのは子供心にも分かりました。
 
 この話を他の人にすると、皆は決まって、そっくりの犬がいたんだね、なんて言うのですが、多分それは犬を飼ったことないからでしょうね。
 不思議、でもなんでもないのですが、どんなに似たような犬がいたとしても自分の犬ってちゃんと分かるんです。
 私みたいな飼い主でもね。
 間違えるはずない、確かに私の犬でした。
 それで充分ですから、そのうち人にも話さなくなりましたが。
 
 川っていうのはたまにそんな場所にもなるんだって、吉本ばななの、とある短編作品に出会ったのはもうずっと後の話です。
 確か『キッチン』に収録されていたかな?

 今飼っているダルメシアンを見るたびに、ジェフにもこうしてあげれば良かった、こういう事もしてあげたかったって思うこともしばしばありまして。
 大切な事をその命をもって教えてくれたジェフ。
 誰が忘れても私が忘れない限りジェフはどこかにいてくれるのでしょうね。
 
 それにしても…大切なことに気づくのはいっつも何かが終わった後なんですよね。